ドイツの古城【ホーエンツォレルン城】

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ホーエンツォレルン城


Jonathan SautterによるPixabayからの画像


日本で有名な天空の城といえば、雲海に浮かぶ竹田城跡ですが、

ホーエンツォレルン城は、

まさに空中楼閣!

雲海に浮かぶ姿は幻想的で、一度は行ってみたいと思う人気の古城です。

そして、ノイシュヴァンシュタイン城ハイデルベルク城と並んでドイツの3大名城の一つでもあります。

 

国名/所在地

ドイツ連邦共和国/シュヴァーベン地方バーデン・ヴュルテンブルク州のテュービンゲン行政管区 

ツォレルンブルグ郡へヒンゲン市の南、海抜855メートルホーエンツォレルン山頂。

ドイツ帝国の皇帝ホーエンツォレルン家発祥の地。

 

建築様式

ネオゴシック様式

 

概要

シュヴァーベンの一部を支配するツォレルン伯爵は、領地を分割し長男である、コンラート一世がフランケン領地とニュルンベルク城伯爵の地位を得ました。

その後プロイセン王国の王家の祖となります。

次男のフリードリヒ2世は、シュヴァーベンの領地とツォレルン伯爵の地位を得ました。

この血統が後のホーエンツォレルン=ヘヒンゲン家となります。

14世紀になるとツォレルンの名をホーエンツォレルンと改名します。
城もツォレルン城からホーエンツォレルン城になります。

1423年にお城は破壊されており、その後再建されました。
30年戦争では、要塞として使用されていました。

その後は城主が何代も代わり、ホーエンツォレルン家はカトリック教徒で、プロテスタントに改宗しないまま ドイツ帝国成立直前の1869年に断絶しました。

 

建設の歴史

ホーエンツォレルン城は、1度目は破壊され、2度目は廃墟と化し現在の城は3代目になります。

最初に建築された時期は不明で、歴史資料によると、11世紀~1267年の間に建てられたいるようです。

1423年、シュヴァーベン自由都市からの部隊に占領され、破壊されています。

1454年、強固な城として再建され、30年戦争の中頃1634年にヴェルテンブルグ軍に占領されました。

約1世紀に渡り、神聖ローマ帝国(✽)であるハプスブルク家の所有となります。

オーストリア継承戦争の1744年の冬から1745年、フランス軍によって 占領され、1771年に崩壊します。

戦後にハプスブルク家に戻りますが、1798年最後の所有者が城を去った後、廃墟となりました。

1819年、イタリアに旅行中の3代目プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世が、自分のルーツを見つめ直し、城を再建します。(1867年建立)

現在では、ドイツ最後の皇帝ヴィルヘルム2世の直系の子孫が所有しているそうです。

博物館として一般公開され、その他、コンサートや結婚式場などさまざまなイベントが行われています。

 

まとめ・感想

城内はチャペルが二つあり、カトリックの「聖ミハエル礼拝堂」は、旧城郭から唯一残されたものだそうです。

ロマネスクの砂岩レリーフが3枚、ゴシック調のステンドグラスは現存するドイツ最古とも云われています。

新教礼拝堂はネオゴシック建築で、1952年以降ヴィルヘルム一世とフリードリヒ大王の柩が安置されていたのですが、大王の遺骸はドイツ再統一後に、ポツダムのサンスーシ宮殿の墓地へ戻されたということです。

旧城郭の調理場として使用されていた一部を、1952年~1953年に改造し、フリードリヒ大王、その他にまつわる品々を展示する、「ホーエンツォレルン博物館」となっています。

19世紀に廃墟と化してたこの城を見た末裔の王が、自分のルーツを見つめて再建を決断し、今がある。

ロマン主義者と揶揄されていたようですが、今では美しい古城として観光客が後を絶たないのですから、お城の魅力は計り知れないものがありますね。

 

♔ちょい足し情報

お城の駐車場に”ウォータータワー”という19世紀に建てられた貯水塔があります。
近くにある泉から水を引いいて確保するために造られたんだとか。

 

アクセス/チケット

アクセス:シュトゥットガルト中央駅⇒快速列車IRE約1時間30分⇒ヘッヒンゲン駅⇒タクシー約10分または、シャトルバス約20分⇒お城の駐車場⇒専用シャトルバス25分または、徒歩30分~40分位⇒お城の入口

列車は基本1時間に1本、シャトルバスの本数も少ないので、どちらともあらかじめ時刻表で調べてからの利用をお勧めします。

チケット:お城の入口手前で購入できます。

※アクセス及び、チケット情報については、あくまでも”参考まで”と思っていただけたら幸いです。その都度、各公式サイトにて、お調べ下さい。

 

✽現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心とした国家。962年、オットー1世のローマ教皇による戴冠式~1806年迄。実際にこの名称で呼ばれるようになったのは、13世紀になってからといわれます。

 

参考資料:世界歴史の旅ドイツ古都と古城と聖堂/魚住昌良 著/山川出版社/2002年

他多数のWebサイトから参考にしております。

 

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