イギリス(ウェールズ)の古城【カーナーヴォン城】

Pocket



カーナーヴォン城

「プリンス・オブ・ウェールズ」発祥の城塞、カーナーヴォン城。

かつてイギリスのチャールズ皇太子が叙任式を行った古城です。

 

国名/所在地

イギリス / ウェールズ北西グヴィネズ州カーナーヴォン

♔イギリスの正式名称:The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland (訳:グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)  (ながっ!!Σ(゚д゚lll))

 

概要

13世紀末にウェールズを征服したイングランド王エドワード1世が、ウェールズ北部に築いた城塞の中の一つカーナーヴォン城があります。

このお城は長い年月をかけて建築されましたが未だ未完成とされている古城です。エドワード一世は身重の王妃をお城へ呼び、後の王となる子供を産ませます。その事により、将来ウェールズの王子として民衆に認めさせたとされています。その際に生まれた子供は「プリンス・オブ・ウェールズ」の称号を授けられます。ここから代々イングランドの皇太子に受け継がれる慣わしとなります。

第8回十字軍に参加したエドワード一世はコンスタンティノープル(現イスタンブール)の城壁を参考にしたとされています。またウェールズを征服するために築いた10の城郭は「アイアンリング(鉄の環)」と呼ばれています。

この時に築いていった城塞のうちカーナーヴォン城、ビューマリス城、コンウィ城、ハーレフ城の4つが1986年に「グウィネズのエドワード一世の城郭と市壁」として世界遺産に登録されています。

♔実はカーナーヴォン城を含む、エドワード1世が築いたウェールズの城塞の参考として、シリアの『クラック・デ・シュヴァリエ』という説があります。十字軍(聖ヨハネ騎士団)が攻略した砦に建て直したゴシック様式の美しい白い城塞で、2006年に世界遺産にも登録されています。が!2013年、内戦の空爆により一部が破壊され危機遺産に登録されました。さらに2018年現在、シリア全土に退避勧告が出されており、当然渡航は出来ませんので今回はご紹介するのを見送る事にしました。一日も早くシリアに平常な日が来る事を願います。

 

建設の歴史

1283年、ウェールズを征服したエドワード1世(イングランド王)により建設が始まります。またこの地を平定するため城塞都市を築いていきます。このカーナーヴォン城は、イングランド王家の居住と支配の中心として建てられたと言われています。

カーナーヴォン城が建設された場所はメナイ海峡へと繋がるセイオント川があり、戦略的に重要な地とされています。かつては古代ローマ人の砦があったそうです。1090年頃に初代チェスター伯ヒュー・ダウランシュによって建てられたお城を12世紀にウェールズ人に占領され、エドワード一世が来るまでウェールズの領地でした。

1284年、変わらず反抗する民衆に対し、エドワード一世は身重の王妃を呼び寄せます。カーナーヴォン城でエドワード王子(後のエドワード二世)が誕生し「プリンス・オブ・ウェールズ」の称号を授けられウェールズの君主と認めさせます。

♔ ”プリンス”と聞くとプリンス=王子と思いますが、このプリンス・オブ・ウェールズ”プリンス”はイコール王子ではありません。(そんなの知ってるよ!って方はこの先読まなくて大丈夫です゚(^_^;))簡単に言えばウェールズの君主、つまり”ウェールズ公”を意味し、ここでいう”プリンス”は”王子”ではなく”統治者”の事です。よってウェールズの統治者という意味なんですね。エドワード1世が征服する以前の最後のウェールズ全域を支配していたルウェリン・アプ・グリフィズがウェールズ大公(プリンス・オブ・ウェールズ)と称したことが起源になります。(イギリスって結構複雑というか奥が深いお国なんですね(^_^))

1294年、反乱によって木造部分が焼失。

1323年、現在のカーナーヴォン城の基礎が造られますが、未完成のままという説が有力です。

1403~1404年、オーウェン・グレンタワー軍に攻撃されますが持ち堪え、イングランド内戦時代の1646年に王統派の要塞としてあったお城は議会軍が包囲し終焉となります。

 

カーナヴォン城の見所、8本の城壁塔

カーナーヴォン城の中庭には8本の塔が周囲を囲んでいます。

南側にあるシャンベレーン・タワーからクイーンズ・タワー(王妃の塔)は博物館になっています。エドワード1世に関する資料やビデオ上映なども行われています。

西側の塔の中で1番大きいイーグル・タワー(鷲の塔)からはカーナーヴォンの街を一望出来ます。

他にブラック・タワー(黒の塔)グレナリー・タワー(穀物の塔)ウェル・タワー(井戸の塔)ノースイースト・タワー(北東の塔)チェンバレン・タワー(家令の塔)計8本の城壁塔と、アウターウォード、インナーウォード、さらに2つの正門キングス・ゲート(王の門)があり、クイーンズ・ゲート(王妃の門)(これが未完成と言われています)から上手に見える円形の場所は1969年にエリザベス女王二世が息子であるチャールズ皇太子プリンス・オブ・ウェールズの称号を授ける式典を行った場所です。

 

まとめ・感想

カーナーヴォン城の周囲を囲む8本の塔はほぼ均一に見えますが、イーグル・タワーのみ大きく目立っています。これはウェールズ北部の大司法官の居住として建てられたものと考えられています。

エドワード1世は10個の城塞を築きウェールズを征服したものの、なおも反抗する民衆に対し、カーナーヴォン城で後の王となる子供を産ませ”ウェールズの君主”として認めさせ力を誇示します。

煌びやかな宮殿とは違い、いかにも軍事的な力強さと堅牢さなどが感じられます。写真で見る限り自分がどこにいるかわからなくなりそうな印象です(^_^;) まるでゲームのダンジョン見たいと言われている方もいましたが、そんな感じ(私はRPGはやりませんけど( ̄▽ ̄))このお城は莫大な金額を注ぎ込んでいたとされ、未完成のままと言われていますが、やむなしでしょうか・・・(=_=)

 

参考資料:世界でいちばん美しいお城/水野久美 著/大和書房 2014年

参考資料:世界一美しい夢の城図鑑/世界のお城研究会 編/宝島社 2014年

他多数のWebサイトから参考にしております

 

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です