ドイツの城郭【コーブルク城塞】

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コーブルク城塞

ドイツ最大規模を誇る城郭の一つ、コーブルク城塞『フランケンの冠』とも言われています。

ヨーロッパ各国の王家と婚姻を結ぶ、ザクセン=コーブルク=ゴータ家が支配していた19世紀には、ガラス工芸や武器、甲冑などを収集。また、宗教改革者マルティン・ルター縁の古城です。

 

国名 / 所在地

ドイツ連邦共和国 / バイエルン州北部、オーバーフランケン地方の町、コーブルク

 

概要

2重、3重の城壁が張りめぐらされ、ドイツでも広大な規模とされるコーブルク城塞。16世紀にはザクセン選帝侯の居城とし、彼の保護の下で宗教改革者マルティン・ルターが半年間ほど居住していました。

また、19世紀には、コーブルクの領主ザクセン=コーブルク=ゴータ家によって美術品が収集されていきます。世界で最も古いとされる馬車などが展示されており、見る事ができます。

コーダ家はヨーロッパ各地の王家貴族との血縁関係となります。有名なところでは、英国のヴィクトリア女王と結婚したアルブレヒト(英国名:アルバート)、スウェーデン皇太子やベルギー初代国王となるレオポルド1世など。

 

建築様式

ロマネスク様式、ゴシック様式、バロック様式

 

建設の歴史

コーブルク城塞の最初の基礎となる城郭が創建されたのは12世紀頃となります。

現存する建築の多くは、15世紀以降のものですが、15世紀終わりに火災が発生し『婦人の館』、『領主の館(宮殿)』、『礼拝堂』が焼けてしまいます。

1500年~1508年にかけて再建します。

この頃、名高い宮廷画家ルーカス・クラーナハ(父)がいくつかの絵を描くためコーブルクを訪問しています。

♔ ルーカス・クラーナハ(父)は、ザクセン選帝侯3代に渡り使えていた宮廷画家です。宗教改革者マルティン・ルターとも交流があり、プロテスタント側の立場に立ち祭壇画を主に描いていました。

1530年4月~10月の約半年間、ローマ教皇によって破門されたマルティン・ルターが、ザクセン選帝侯に庇護されこの城塞に居住していました。

1593年にザクセン=コーブルク公爵ヨハン・カジミールは最初の妻アンナを姦通罪で城内に幽閉します。(アンナは1613年に城内で亡くなります。)

1604年、最新の武器や防具を備え城塞をより堅固にしていきます。

1618年~1648年、三十年戦争により、皇帝側についたバイエルン軍隊に攻撃されるも、城塞は占領を逃れて敵を退けました。

1700年頃、大規模な改造をします。

18世紀後半には居住性を重視した城郭へと変わっていきます。

19世紀初頭、城塞にあった大砲がニュルンベルクに売却されます。

1838年~1860年に、エルンスト1世は建築家ハイデロップ後期ゴシック様式で再設計の依頼をしました。それによって、住居と博物館としての改修工事が行われます。

その後20年近くかけて宮殿建築などを手がけるボード・エプハルトにより、大改修工事が行われました。

1945年、第二次世界大戦でお城やコレクションは甚大な被害を受けます。

その後、バイエルン州の所有となり修復されました。コーブルク・フェステ文化財博物館として公開されています。

 

重装備された大規模な城郭の内部

天守閣(ベルクフリート)・・・12世紀のロマネスク様式。基礎のみが残っています。

赤の塔・・・1633年に倒壊し、20世紀にゴシック風に再建されました。

青の塔・・・西側に位置する12世紀のロマネスク様式の建築です。上層部は1570年の建造となります。

見張り塔(火薬塔)・・・15世紀末から16世紀初め頃に建造。2本ある見張り塔

ロバの塔(遇者の塔)・・・東側に位置します。近世に取り除かれた塔の跡地が残されています。

熊の稜堡・・・17世紀頃に建造。

獅子の稜堡と菱形の稜堡・・・17世紀頃の建造。右に菱形、左に獅子と両方から城門を守護するように造られています。

高い稜堡(Hohe Bastel)・・・東側にある稜堡で、稜堡の中で1番古く1533年に建てられ、1570年増強されています。

♔ 稜堡(りょうほ)とは、城壁の外に向かって突き出した角の部分。大砲による攻撃の死角をなくすために考案されたそうで、日本では函館の五稜郭で用いれられているとか。

公爵夫人の館・・・16世紀頃の建造。1階は馬車や橇(そり)の展示室となり、天井以外は石造りです。世界最古の馬車は必見。1560年の製造です。2階は狩猟に使う武器の展示室となっています。3階は屋根裏部屋の部分になっています。武器や防具の展示室です。(博物館)

領主の館(宮殿)・・・1500年、後期ゴシック様式の建築です。1909年~1920年に改修され3階建てになります。

礼拝堂(ルターの礼拝堂)・・・12世紀に建造。1912年~1920年に再建築されます。領主の館と隣接しています。

婦人の館・・・1499年に火災で焼けてしまい、1501年~1504年に再建。後期ゴシック様式の石造りの部屋です。1階は特別展示場となっており普段は非公開です。

2階は大広間とマルティン・ルターが滞在した部屋があります。3階は絵画の展示室と部屋中が寄木細工や木の彫刻で埋め尽くされた『狩猟の間』となっています。この部屋は1632年に完成しています。(博物館)

高所の館(Hohe Haus)・・・1450年のゴシック様式の建築。兵器庫として使用されていました。大きな切妻屋根が特徴で、城内で最も古い建物です。

また、1782年~1860年には刑務所として使われていました。

カール・エードゥアルトの館・・・20世紀に建造。館内には城塞のジオラマが展示されています。2階は東側にガラス工芸の展示室、西側に拷問器具の展示室となっています。(博物館)

招待客の館(ゲストハウス)・・・20世紀に建造。

城の酒場・・・20世紀の建造。

玄関・・・東側入口にあるバロック式の門。1671年に建造されます。

中央門・・・1670年に建造。

跳ね橋・・・1859年に木造だった橋を石造りに改造しました。

 

まとめ・感想

世界の王家貴族との婚姻を結んできた一族、ザクセン=コーブルク=ゴータ家の堅牢な城郭、コーブルク城塞。この城塞の全体を見ると、一番内側の城内は城門に架かる跳ね橋や、2重、3重、4重となる堅固な城壁、稜堡に守られているのがわかります。

博物館はどれも興味深く、特に【婦人の館】の狩猟の間は是非一度見てみたいですね(o^^o)♪ 

 

 

参考資料:世界で一番美しいお城 水野久美著/大和書房 2014年

参考資料:ヨーロッパの古城+宮殿がよくわかる本 桐生操監修/レッカ社 2014年

参考資料:世界の城郭 ドイツ・北欧・東欧の古城/新装版   太田静六著/吉川弘文館 2010年

他多数のWebサイトから参考にしております

 

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