イギリス(スコットランド)の古城【エディンバラ城】

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エディンバラ城


kolibri5によるPixabayからの画像

スコットランドの中世の趣を残した美しい世界遺産の街 エディンバラ。

歴史的建造物が残る旧市街の高台に建つエディンバラ城は、この街のシンボルとなっています。

 

国名 / 所在地

イギリス(スコットランド) / ロージアン州 エディンバラ
※正式名称:グレートブリテン及び北アイルランド連合王国

 

概要

『キャッスルロック』と呼ばれる古代から存在する、天然と言われる要塞状の岩山の上に建つエディンバラ城。スコットランドの独立戦争や世界大戦による破壊と再建を繰り返し、現存する建物は、16世紀以降に建てられたものがほとんどです。

城内で最も古いとされる聖マーガレット礼拝堂や、戴冠式の際に用いたスコットランド王家の宝器、豪華な調度品など、魅力あふれる見所が数多く存在しています。また、かつて軍事活動の中心地ということもあり、現在ではセレモニー用として駐留部隊がいます。

エディンバラの街は、1995年にユネスコの世界遺産『エディンバラの旧市街と新市街』に登録されています。

15世紀以降のエディンバラは、スコットランドの首都として栄えていき、エディンバラ城のある旧市街では中世ヨーロッパの景観を今も残しています。

また18世紀以降に発展した新市街の街並みは、ジョージアン様式(✽)と言われる近代的でかつ、統一観のある建物が特徴です。

♔スコットランドは、グレートブリテン島北部の先住人ピクト人と、その後島に渡って来たケルト人(ゲール人)が融合し、スコットランドを作ります。さらに後からゲルマン系アングロサクソン、ヴァイキング、ブリトン人(ケルト系イギリス先住民)が加わり今日に至ります。

ちなみにエディンバラ市は、日本の京都府と姉妹提携を通して交流があります。知ってました?けっこう、海外の都市と姉妹提携しているんですね。このブログを始めるまで自分の国の市や町と外国の市や町同士が交流しているってあまり気にした事ありませんでした(^_^;) たまにテレビで聞いたことあるくらいでしょうか。世界はいろいろなところで繋がっているんですね(^▽^)

 

建築様式

ロマネスク様式(ノルマン様式)、ゴシック様式、ルネサンス様式

 

建設の歴史

起源は6世紀のケルト人が砦を築いたのが始まりとされています。

11世紀後半、スコットランド王マルコム3世が王の居城としました。

マルコム3世が亡くなった時、王妃マーガレットは悲しみのあまり後を追うかの様に数日後に亡くなります。王と王妃の息子デヴィッド1世は母を思い、城内に【聖マーガレット礼拝堂】を建てます。この礼拝堂が城内で現在も残る最古の建物となります。

♔王マルコム3世と王妃マーガレットは、そもそも運命の糸で結ばれていたのでは?てくらい運命的な出会いをしています(o^^o) 

王妃マーガレットは、ノルマンディー公ギョーム(ウィリアム1世)によるイングランド征服から、母と弟と共に逃亡中の船で遭難してしまいす。運良くスコットランドの東海岸に打ち上げられたところを宮廷に迎えられ、最初の王妃を既に亡くしていたマルコム3世の新たな王妃となります。

二人の間には、6男2女が誕生しその中にはスコットランド王、イングランド王妃となる者もいます。

14世紀、デヴィッド2世により、【デヴィッド・タワー】が建設されます。

1511年、お城の中心にジェームズ4世によって【グレート・ホール】が建てられます。しかし、その2年後にはイングランドのヘンリー8世率いる軍隊と戦い戦死。その後、このホールは兵舎として使用される事になります。

1566年、スコットランド女王メアリー・スチュアートは、エディンバラ城でチャールズ・ジェームズ・スチュアート(後のスコットランド王/イングランド王)を出産します。しかしメアリーが廃位された事により、わずか1歳でスコットランド王になります。

♔チャールズ・ジェームズ(スコットランド王ジェームズ6世/イングランド王ジェームズ1世)の名付け親は、エリザベス1世です。

メアリー女王は子供と引き離され、2年後にイングランドへ亡命しますが、その1年後に処刑されるまで1度も再会を果たすことはありませんでした。

この時代には珍しい事ではないのかも知れませんが、つくづくどこの国も歴史を辿ると思いもよらない残酷な事が普通に行われていて、ため息が出ます。。。(-_-;) 

でも、メアリー女王もいろいろやらかしているから・・・『無知は罪』とも言いますし・・・(=_=)

1603年、ジェームズ6世が37歳の時、エリザベス女王1世が亡くなりジェームズ1世としてイングランド王に即位します。その後1707年にイングランド王国と統合し、グレートブリテン王国の一部となります。

♔ジェームズ6世は、よほどイングランドの水が合ったのか、51歳の誕生日に1度だけ里帰りしただけだったそうです(^_^;)

1650年にオリバー・クロムウェルが兵舎としてグレートホールを改築します。18世紀には3つのフロアーに分断され兵士の収容所になっています。また、19世紀終わり頃には軍の病院として使用されていました。

1747年~1748年、スコットランド国立戦争博物館が建てられます。

 

700年の時を経て返還された、【スクーンの石(運命の石)】

時は1296年、イングランド王エドワード1世が持ち去った石は【スクーンの石(運命の石)】でした。

この石は、500年頃にアイルランドから持ち込まれた石でした。スコットランドにとって神聖な石で、歴代の王がその上で戴冠式を行ってきたのです。その石を持ち去り、こともあろうにイングランドではその石を椅子の中にはめ込み、代々戴冠式を行います。(なかなかに、やる事がひっどいなぁ(-_-;))

スコットランドにとっては王の象徴でもある神聖な石です。奪われてからおよそ700年が経ち、ようやくその石がスコットランドへ返還されたのは1996年でした。現在はエディンバラ城に保管されています。

♔【スクーンの石】は返還される約50年ほど前に1度、スコットランド人によって当時の保管場所であったウェストミンスター寺院から盗まれるという事件がありました。石は回収されますが、盗んだ際に2つに割れてしまったそうです(=_=)(参考:Wikipediaより) もっと早く返してあげれなかったのかしら(´・_・`)

 

城内の見所


エディンバラ城のグレートホール / 昕 沈によるPixabayからの画像

エディンバラ城にはたくさんの見所があります!(←いや、行ったことないけど)せっかく訪れるなら余すことなく時間の許す限り周りたいですよね!

エディンバラ城で一番高い場所にある【クラウン・スクエア】にある人気スポットをご紹介します。

◆ロイヤル・パレス・・・クラウン・スクエアの東側。王族の居住となっていました。メアリー女王がジェームズ6世(イングランドではジェームズ1世)を出産した寝室やメアリーの肖像画があります。

ここでは、クラウンルームが人気で、宝冠、宝石、貴金属などが展示されています。また、【スクーンの石】やスコットランドの3種の神器と呼ばれるオーナー・オブ・スコットランド(王冠・笏・刀)も、ここに収められています。

※クラウンルームの写真撮影は禁止となっています。

◆クイーン・アン棟(アン王女の建物)・・・クラウン・スクエアの西側。元々はグレートホール用の厨房として建設し、その後に職員の宿泊施設として使用され、現在は軍事博物館として改装されています。

◆グレートホール・・・クラウン・スクエアの南側。エディンバラ城の中心に位置するこのホールは、ジェームズ4世のために建てられたものです。壁には武器や鎧などが展示されています。

最も目を惹くのは天井のハンマービーム(片持梁天井)だと言います。16世紀の建築当初から残っている木製のアーチ梁で屋根を支える手法です。

◆スコットランド国立戦争記念館・・・クラウン・スクエアの北側。ちょうどグレートホールの正面に位置します。世界大戦や軍事作戦の戦没者のための国立記念碑を設置。(この記念碑は、1755年に取り壊された聖マリア教会の跡地に、国内最高級の工芸メーカーとアーティストによって造られています。)

◆スコットランド国立戦争博物館・・・18世紀には兵器庫として、その後軍事病院として使用されていました。ここではスコットランドの軍事史に関わるさまざまなものが展示されています。

 


One O’Clock Gun

◆ワンオク・ロック・ガン(One O’Clock Gun)・・・1861年から続いている習慣のひとつで、13時になると空砲をあげます。これは、航海船に時間を知らせるためのもので、ジョン・ヒューイットのアイデアによるものでした。現在は、日曜日、12月25日(Xmas)、グッド・フライデー(聖金曜日)を除いた毎日13時に発砲されます。

◆聖マーガレット礼拝堂(教会堂)・・・エディンバラ城で最古の建物です。スコットランド王妃マーガレットの息子デヴィッド1世が12世紀に建てています。私用礼拝堂のためとても小さく、大小様々な石組みの壁やノルマン様式のアーチ、美しいステンドグラスが印象的です。

 

世界遺産の街、エディンバラを満喫しよう!

ここからは、お城の外へ!世界遺産の街について触れたいと思います。


Wolfgang ClaussenによるPixabayからの画像

★ホリールード・ハウス宮殿・・・元々はデヴィッド1世のための礼拝堂として建てられたそうです。メアリー・スチュアート女王が1561年~1567年に居住してから以降、歴代の女王の正式な居城となります。

1680年、チャールズ2世により拡張されています。

現在、エリザベス女王2世のスコットランドの公邸です。VIPが不在中なら公開されているので見学可能です。また、ここはエディンバラ城から一直線で繋がっています。この道は『ロイヤル・マイル』(距離としては1マイル/1.6km)と呼ばれています。旧市街のメイン通りとなっています。ホリールード公園が隣接されていてるので、足をのばしてみるも良いですね(^^♪

 


カールトン・ヒルから見たエディンバラの街並み/デュガルド・スチュアート記念碑

★カールトン・ヒル・・・エディンバラの新市街にあるプリンシスストリート東端にある小高い丘で、新旧の街の景色を堪能するならここだそうです。ポストカードでも良く使用されるほど美しい街並みが見渡せるのだとか(o^^o)♪ 朝焼けや夕焼けが一押しなんですって(*^^)v

 


カールトン・ヒル/国立記念碑

丘の上には、19世紀にナポレオン戦争により亡くなったスコットランド兵士のために建てられた記念碑があります。ギリシャ風のモニュメントは予算の関係で未完成という。。。そんな事もあるんですね( ̄▽ ̄)

参考:4travel.jp(フォートラベル)口コミ情報より

 

エディンバラ・フェスティバル

スコットランド・エディンバラでは毎年、多数のフェスティバルが行われています。異なる主催者が競い合うように様々な趣向をこらして街を盛り上げます。

その中で、夏期に開催される3つのフェスティバルをご紹介します。

★ミリタリー・タトゥー・・・毎年8月に開催される兵士たちによるパレードです。『タトゥー』と言っても『刺青』ではなく、軍隊の『帰営ラッパ』の事。お城のエスプラナード広場で行われています。

この時、兵士たちは伝統的衣装に身を包み、バグパイプを演奏します。←伝統的衣装とはもちろんタータン・キルトですねo(^▽^)o

★エディンバラ国際フェスティバル・・・毎年7月~9月にあらゆる芸能の公演が行われます。オペラ、ミュージカル、バレエ、演劇、コンサートなど、伝統的で正統派と言われている世界的に有名な人たちが招待されるそうです。

★エディンバラ・フェスティバル・フリンジ(ただ『フリンジ』とも言う)・・・毎年8月の約4週間。誰でも参加できる参加型のイベント。登録して参加料を払い場所を確保すればOK。ここから成功者が出ると言われています。有名なところで、【ミスター・ビーン】ことローワン・アトキンソンやイギリス女優エマ・トンプソンはこのフリンジの出身だそうですよ(^^♪

 

まとめ・感想

スコットランドと言えば!【タータン・キルト】【バグパイプ】しか思い浮かばない、雑な頭の管理人です( ̄▽ ̄)

エディンバラ城がスコットランドにあるのも実は今回初めて認識しました。。。大ざっぱに【イギリス】としか分かっていませんでしたョ。。。無知すぎ|д゚)

歴史も古く、見所満載!特にロイヤルパレス内では大きな国章なども間近で見られるため、とっても興味があります。

♔スコットランドの国章は、スコットランド王家の象徴ユニコーンが左、イングランド王家の象徴ライオンが右に置かれています。イングランドの国章はその逆。紋章学において、盾(シールド)に描かれる場合のルールがあり、盾の持ち手側から見て右側が『デキスター・チーフ』といい、左側が『シニスター・ベース』といいます。『デキスター・チーフ』=優位となるのですが、スコットランド、イングランドそれぞれが自分たちを優位に描いているわけです。まあ、当然といえば当然か。。。
参照:エスカッシャン(紋章学)Wikipediaより

 

(✽)ハノーバー朝(1714年~1830年)、ジョージ1世~4世までの時代に発展した英国的な建築。古代ローマ・古典的様式を近代的にアレンジしたもの。

 

参考資料:エディンバラ城公式URL=https://www.edinburgcastle.scot/

参考資料:世界一美しい夢の城図鑑/世界のお城研究会 編/宝島社 2014年

参考資料:世界で一番美しいお城 水野久美著/大和書房 2014年

参考資料:イギリス史10講  近藤和彦/岩波書房 2013年

他多数のWebサイトから参考にしております

 

 

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