ドイツの古城【シュヴェリーン城】

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シュヴェリーン城

湖上の島に建つ シュヴェリーン城。

『妖精の城』と称される優雅でいてどこかメルヘンチックな古城です。

 

国名 / 所在地

ドイツ連邦共和国/ 北部メクレンブルク=フォアポンメルン州、シュヴェリーン

 

概要

ドイツ北部にあるメクレンブルク=フォアポンメルンのシュヴェリーンは、人口10万人弱というドイツで一番小さい州都です。

この街は『七つの湖の街』とも呼ばれており、七つの湖と森林に囲まれています。

街のシンボルとなっているのが、シュヴェリーン城です。今の姿は19世紀にメクレンブルク大公フランツ2世によって、一部16世紀の部分を残し改築されたものです。

ネオ・ルネサンス、ロココ、バロックと様々な建築様式が混在しており、ヨーロッパにおける『歴史主義建築』の一つとして世界遺産の暫定リストにもなっています。

♔世界遺産になる日も近い?

お城の建築に携わった4人の建築家は、ゴッドフリート・ゼンバー、ゲオルク・アドルフ・Demmler、フリードリヒ・オーギュスト・シュテューラー、エルンスト・フリードリヒ・Zwirnerで、最初の計画が失敗に終わるも、ゲオルクがフランスのロワールのシャンボール城にインスピレーションを得て、大公が満足出来る宮殿を完成させます。

♔確かに、フランスの古城を思わせる華やかな外観です(^^) 特に尖塔部分が。

 

建築様式

ネオ・ルネサンス様式、バロック様式、ロココ様式

 

建設の歴史

起源は942年、要塞の考古学的痕跡を見つけます。

※参考:シュヴェリーン城の公式URL=https://www.schwerin.com/en

1160年には、スラブ人の部族国家の要塞として存在していましたが、ハインリヒ3世(ザクセン公)の軍隊によって征服。

♔シュヴェリーン城の正面中央に見える銅像が、メクレンブルク家の父祖、オボドリト族長ニクロトです。なかなか勇ましい姿です!

♔ハインリヒ3世(ザクセン公)とは、バイエルン公ハインリヒ2世でもあります。当時ドイツでの最高権力者でした。1180年に従兄弟であるローマ皇帝フリードリヒ1世に2つの公領を奪われ追放されてしまいます。

これまで何かと支援協力してきたハインリヒでしたが、イタリアのロンバルディア侵攻で皇帝への支援を拒み仲違い!結果、ロンバルディア侵攻は失敗。自分を支援しなかったハインリヒ2世に対し、選帝侯たちを抱き込んで開いた法定で、不服従の罪で追放刑に・・・。今までの支援は無かったことになるの?けっこう横暴(-_-;) さらにアハト刑も処されます。

14世紀にシュヴェリーン群は、メクレンブルク=シュヴェリーン公国となります。

15世紀初頭、1度お城の再構築計画が立てられますが、三十年戦争(1618年~1648年)が始まり中止を余儀なくされます。しかし、1635年~1643年に計画が一部実現されました。

宮殿の上部、居住部、礼拝堂が破壊され、オランダのルネサンス様式のファサード(建物正面部)へと変わります。

♔三十年戦争中に一時、ハプスブルク軍傭兵隊長ヴァレンシュタインの支配下に置かれていましたが、皇帝フェルディナント2世は、中欧一帯に力を持っていたヴァレンシュタインに対し危機感を持ち暗殺。その際にメクレンブルク公国も解放されました。

16世紀、メクレンブルク公ヨハン・アルブレヒト1世によって、要塞からルネサンス様式の宮殿へと変化します。

1560年~1563年、お城と共に礼拝堂が改修されます。この頃に防衛施設として造られた堡塁(ほうるい)が北西、南西、南東に今も見る事が出来ます。

1847年~1857年、メクレンブルク大公フリードリヒ・フランツ2世の指示によって大改築が行われ、現在の優美な姿に生まれ変わりました。

♔フランツ2世に、ルートヴィッヒ2世と同じ匂いがする。。。Y( ̄∀ ̄)Y

1857年5月、メクレンブルク=シュヴェリーンの裁判所がお城に移されます。

1913年にお城で火事があり、大部分が取り壊されます。

1914年に第一次世界大戦が始まり1918年に終了すると共に、君主制が終わりを告げシュヴェリーン城は国有となります。

1974年、博物館として一般公開されます。また、州議会場でもあります。

 

城内の見所

お城の一部は博物館として、また会議室としても使用されています。博物館は一般公開され、マイセン磁器や調度品または武器など、貴重なコレクションが展示されています。

また、600以上もの部屋のうち一番豪華絢爛なメクレンブルク大公の玉座の間は、ネオ・ルネサンス様式で建設された部屋で、イタリアの大理石と煌びやかな彫刻や装飾品で埋め尽くされています。

※オーディオガイド、ガイドツアーが利用出来ます。

 

水と緑の庭園

【北のノイシュヴァンシュタイン城】、【湖上の宝石】、【妖精の城】など、さまざまな形容詞で例えられるお城もそう多くはないでしょう。

そして、この地で最大の湖、シュヴェリーン湖に浮かぶ小島に佇んでいるシュヴェリーン城は、水と緑豊かな景色とあいまって、いっそう優美さが際立っています。

そのお城以外の魅力をもう一つ、それは庭園です。

◆オランジェリー(温室)
お城のメインエントランスの左側にはオランジェリーがあり、彫刻や洞窟、どこか近代的なアプローチもありつつ花と緑と噴水でイングリッシュガーデン風な趣があります。中にはカフェ、レストランもあります。

◆バロック式庭園
お城の南側にある橋を渡ると1.8ヘクタール(およそ18000m2)もある広大なバロック式庭園が広がっています。

初めはフランス式庭園として建設されたのを1748年頃から徐々に変化し始め、19世紀には拡張されました。湖や温室、至るところに彫刻が置かれています。

庭園の中心にシュヴェリーン大公フランツ2世の騎馬像が建てられています。

♔こんなに広くて入場料が一切かからないヽ(´▽`)/ 庭園だけで一日過ごせそう♪

◆伝説の守護精霊・ペーターメンフェン(小人のペーター)

シュヴェリーン城には、守護精霊・ペーターメンフェンにまつわる数多くの伝説が存在します。

それは、中世の騎士(ナイト)の服装をし、ランタンと剣と鍵を持ち、みんなが寝静まったあと、シュヴェリーン城内を番人よろしく歩き回ると言います。また、善い行いをする者には幸運を。泥棒や侵入者にはお仕置きを。長い歴史の中でお城を守ってきた守り神とされています。

 

まとめ・感想

はじめは、防衛の為。その後時代と共に宮殿へと変わっていくのは割とどこも一緒ですね。

この古城は、16世紀頃のものが一部残っているものの、その殆どは19世紀に改築されたものです。その時の城主次第で今日、見られる姿が決まる感じなのでしょうか。

シャンボール城にヒントを得て設計したゲオルク・アドルフや大公フランツ2世のような人たちがいたおかげで、今を生きる私たちはいろいろ楽しませてもらっている事に感謝しかないですo(^▽^)o

 

参考資料:シュヴェリーン城 公式URL=https://www.schwerin.com/en

参考資料:ドイツ史10講/坂井榮八郎著/㈱岩波書店 2003年

参考資料:世界一美しい夢の城図鑑/世界のお城研究会 編/宝島社 2014年

他多数のWebサイトから参考にしております

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