ハプスブルク家の夏の離宮【シェーンブルン宮殿】

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シェーンブルン宮殿


FranzpixによるPixabayからの画像

ヨーロッパ最長の帝国を築いた名門ハプスブルク家の夏の離宮【シェーンブルン宮殿】

 

国名・所在地

オーストリア共和国 / ウィーン南西部

 

概要

オーストリア、ウィーンの南西部にあるシェーンブルン宮殿は、ヨーロッパ随一といわれる名門ハプスブルク家夏の離宮として使用されていました。

ハプスブルク家と言えばマリア・テレジアが有名ですね。

1740年~1780年の40年間君臨した女帝です。

神聖ローマ帝国皇帝カール6世の娘として誕生し、17歳でハプスブルク=ロートリンゲン皇帝フランツ1世に嫁ぎ共同統治者となります。

👑マリア・テレジアは正式には女帝ではなく皇后ですが、政治に興味がない夫や頼りない息子に代わって手腕を発揮していた女傑です。

また、16人の子供を産み育てながら精力的にオーストリアの為に活動、オーストリアでは現在でも「国母」と呼ばれ人気も高いそうです。

ちなみに末娘として誕生したのが、フランス革命で散った悲劇の王妃マリーアントワネットです。

神聖ローマ皇帝レオポルト1世から始まり、マリア・テレジアの時代に完成したシェーンブルン宮殿には、動物園、温室(熱帯植物園)、宮廷劇場などがあります。

 

建築様式

バロック様式

 

建設の歴史

起源は14世紀、この地を「カッターブルグ」と呼ばれていた時代、クロースターノイブルク修道院が所有する荘園の一部でした。

その後、所有者が変わり1548年、ウィーン市長ヘルマン・バイアーによって領主の邸宅へと改築されます。

1569年、神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世が所有し、ハプスブルク家の領地となります。そして狩猟館を建てます。

1612年、皇帝マティアス(マクシミリアン2世の三男)が、シェーンブルン宮殿の名前の由来となった【美しい泉~シェーンブルン~】を発見します。

👑マクシミリアン2世のお気に入りだったカッターブルグですが、彼の死後長男であるルドルフ2世によって一度手放してしまいます。

しかしその後に皇帝となった弟マティアスが取り戻したとされます。

1642年、亡きフェルディナント2世の皇后エレオノーラの夏の館となります。この時バロック様式に改築されています。

1683年、トルコ軍によってカッターブルグを含むウィーンにある多くの建築物が被害に遭っています。

1688年、ローマで教育を受けた建築家ヨーハン・フィッシャー・フォン・エルラハが、ヨーゼフ1世(レオポルト1世の長男)の狩猟館の建設を任されます。

この当時ヴェルサイユ宮殿に対抗して壮大な宮殿を計画していたため、ヨーハンの最初の設計案は大規模なものだったそうです。

しかし、当時のハプスブルク家の財力はたび重なる戦争(三十年戦争、トルコ軍との戦い)に疲弊しており、現実的ではなかったようです。

1693年、新設計案が完成します。

1695年にシェーンブルン宮殿の建設が始まります。

18世紀初め、宮殿の中央部が完成し、その数年後に皇帝レオポルト1世が亡くなります。

神聖ローマ皇帝ヨーゼフ1世の誕生です。

丁度同じころ、スペイン系ハプスブルク家のカルロス2世も亡くなったため、スペイン継承争いが起こります。

1711年、ヨーゼフ1世の死後、宮殿は皇后アマーリア・ヴィルヘルミーネの所有となります。

👑ヨーゼフ1世の死によって弟カールが皇帝カール6世(マリア・テレジアの父親)となります。

1713年に両翼が完成します。

1728年、カール6世はアマーリアから宮殿を買い取ります。

シェーンブルン宮殿の建設は、ヨーハンから息子のヨーゼフに引き継がれます。

カール6世はウィーンの南方に位置する離宮ラクセンブルク宮殿に目を向けていたため、シェーンブルン宮殿の完成までには至りませんでした。

👑ラクセンブルク宮殿は、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇后エリザベート(シシィ)が新婚時代を過ごした館であり、息子ルドルフはここで生まれています。

後を引き継いだのが娘であるマリア・テレジアです。

狩猟用の館は住居用に増改築されていきます。

1743年に完成。以降ハプスブルク家の夏の離宮として使用されることとなります。

👑19世紀初めの一時フランス皇帝ナポレオンが使用していた時期もありました。

1918年、ハプスブルク帝国の崩壊により、オーストリア共和国の所有となり1960年に一般公開されます。

1993年、ユネスコの世界遺産『シェーンブルン宮殿と庭園群』に登録されています。

 

城内の見所

シェーンブルグ宮殿は、バロック様式の外観と華やかなロココ様式の内装、部屋数1441室あり、その内40室が見学出来るようになっています。

※非公開の部屋はウィーンの住宅問題の対策として公務員専用賃貸となっているようです。

宮殿の見学は2つのコースから選択できます。

🔶インペリアル・ツアー・・・【謁見の間】フランツ・ヨーゼフ1世エリザベートが暮らしたとされるプライベート空間、そしてモーツァルトが6歳で演奏を披露した【鏡の間】など、22部屋を見学できます。

所要時間は1時間未満たらずということなので、時間に余裕がない人向きですね。

🔶グランド・ツアー・・・上記22部屋+、マリア・テレジアの時代に造られた部屋などが見学できます。

所要時間は約1時間。

🔶バロック式庭園・・・1.7km2にも及ぶ広大な庭園には、幾何学模様に配置され手入れされた花壇、【ローマの廃墟】【オベリスクの泉】【ネプチューンの泉】、そして18世紀のものを復元した迷路などがあります。

シェーンブルン宮殿の敷地内には、マリア・テレジアの夫フランツ1世が1752年に創設した現存する最古の動物園があります。

また、大温室があり、世界中の植物を観賞することが出来ます。

それ以外にも宮廷劇場、、馬車博物館など見所満載です。

🔶グロリエッテ・・・宮殿から少し離れて庭園を抜けた先、小高い丘の上にあります。

1775年に建設され、展望テラスの屋上、屋内はカフェになっており、ウィーンの町を望みながらひと息つける空間となっています。

 

まとめ・感想

「テレジアン・イエロー」と称されるシェーンブルン宮殿の外観は金色に近い色鮮やかな黄色で、マリア・テレジアの発案だそうです。

庭園内の片隅(動物園と温室の間)に小さな日本庭園(枯山水)もあるとのこと。

1913年にフランツ・ヨーゼフ1世の甥にあたる、フランツ・フェルディナント大公が造営されたんだとか。

フェルディナント大公は来日したことがあって、そこで見たものを造らせたそうです 。

現在ある姿は1999年に復元されたものだそうですが、ウィーンで日本庭園が見られるのって、なんか素敵ですね (^^♪

 

おまけ・・・現在(2020年1月25日)、東京の国立西洋美術館にて、『ハプスブルク展~600年にわたる帝国コレクションの歴史』(公式サイト=https://habsburg2019.jp/)が開催されています。日本とオーストリア友好150周年を記念して、2019年10月19日~2020年1月26日まで。(明日まで( ̄▽ ̄)!)

私は昨年の11月末に観てきましたが、一番印象的で興味を惹いたのが甲冑でした(*^^*)

 

 

 

参考資料:公式サイト=https://schoenbrunn.at/

参考資料:世界で一番美しいお城 水野久美著/大和書房 2014年

参考資料:ヨーロッパの「古城・宮殿」がよくわかる本 桐生操監修/株式会社レッカ社

参考資料:世界一美しい夢のお城図鑑 世界のお城研究会(蓮見清一)/㈱宝島社 2014年

他多数のWebサイトから参考にしております

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