スロバキアの古城【ブラチスラヴァ城】

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ブラチスラヴァ城


Leonhard NiederwimmerによるPixabayからの画像

スロバキアの首都ブラチスラヴァ。この街の小高い丘の上に佇むブラチスラヴァ城

 

概要

紀元前3500年頃から人が住んでいたとされる、ブラチスラヴァ。

この地は、中央ヨーロッパとアジア間の重要な交易路となり、ドナウ川が浅瀬のため徒歩で渡ることが出来、アドリア海、バルト海、ライン川の経由地、また、『琥珀の道』(または、琥珀街道とも)の経由地でした。

この街の高台にブラチスラヴァ城があります。

四隅の尖がった屋根をもつ塔が特徴的であり、その外観から『ひっくり返したテーブル』と呼ばれています。

創建は12世紀ですが、この地の歴史は古く紀元前のケルト人から始まっています。その後スラブ人が築いたモラヴィア王国の時代には、石の宮殿が存在していたとされます。

ゴシック様式からルネサンス、バロックへと再建されて一度は廃墟となりましたが、その後修復作業が進められました。

 

国名/所在地

スロバキア共和国 / ブラチスラヴァ県ブラチスラヴァ

 

建築様式

ゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式

 

建設の歴史

9世紀初頭、スラブ人によって最初のお城が建設。この時は木製でその後石造りに。

11世紀、ハンガリー王イシュトヴァーン1世の治世時には、中心地のひとつとしてありました。

15世紀にゴシック様式、16世紀にルネサンス様式で再建されます。

👑ブラチスラヴァ城には4つの塔と入場門があります。

塔は13世紀に創建。また入場門は、ジグムンド門が15世紀、ニコラス門が16世紀、ウィーン門が17世紀に造らたようです。(レオポルト門は不明)

18世紀、オーストリア女大公マリア・テレジアの統治下ではバロック様式に再建されます。

1783年、ローマ皇帝ジョセフ2世によって、ローマ・カトリック司祭の教育の場として神学校を設立。しかしジョセフ2世の死後すぐに解散します。

1802年、軍の駐屯地として使用されていましたが、火災のため焼失。

1953年~1960年代後半にかけて再建。

内部は国立歴史博物館として公開されています。

 

 

参考資料:公式サイト=https://www.slovakheritage.org/castles/bratislava.htm

参考資料:いつかは行きたいヨーロッパの世界でいちばん美しいお城/水野久美 著/大和書房2014年

他多数のWebサイトから参考にしております。

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